認知神経リハビリテーション(旧 日本認知運動療法研究会)アドバンストコースにて

認知神経リハビリテーションを通じて起こった体の状態の変化、私のリハビリ観に対する変化についてお話 させていただこうと思います。

私が大久保病院で本格的にリハビリを始めたのが平成13年11月、約3年半前になります。 私は倒れる前から慢性腎不全だったのですが、倒れた当初は、おそらく腎不全からの影響の ためか、脳出血後による高熱が続いたり、なかなか体調が安定せず、倒れてから約5ヵ月 経ってから本格的に始めたリハビリでした。大久保病院でこれからお世話になろうとしてい た当初は、ほとんど歩くことはできずに、車椅子を利用していました。まず手足の状態をみて 頂いたところ、足についてはひどく癖がついていることがわかり、(自分の体全体が平行四辺 形に見える)まずはこの癖をなおすことからはじめていただきました。 手に関しては、(自分の診断書を見てはじめて知った言葉だったのですが)廃用手という 状態で、今もそうですがまったく動きませんでした。また言葉にも障害が残っており、とっさ にどんなふうに頭が痛いのかなどが言うことができないなど、日常の会話は思うようにいかず 少しストレスのたまる日々を送っていました。

3ヶ月の入院を経て、自分で歩いて近所へ買い物に行くことができるまで回復し、退院後は月 に1回PTだけみていただいておりました。そして一昨年の6月頃から、少しずつ認知神経リハビリテーション の指導を受けております。マヒになる以前の動きを思い出させるような訓練とは異なり、認知 神経リハビリテーションでは、毎回目をつぶって、先生が足の様々な部分を動かしたり触ったりして、それに ついての質問に答えるスタイルだと思っていますが、これは自分の体質にあっているように感 じました。というのは以前は、リハビリを受けた後、自宅に帰ってから教わった内容を繰り返 し訓練することが多かったのですが、(私が我慢強さがないせいもありますが)正直なところ ちょっと苦痛に感じていました。認知神経リハビリテーションは、その日の体調にもよりますが、リハビリに 通ったその日に集中して訓練した内容が、体の記憶としてわりと継続可能なことが多いです。 自宅では時々リハビリで集中した内容を思い出すことでも効果があることもお伺いしております。 後半で、リハビリで行った内容をレポートに記録することについてお話させていただこうと思って いるのですが、これも自宅に帰ってからレポートを書いていると、あの時はどう感じていたっけ かなと思い起こしていると、急にマヒ側の腕がじわーっと温かいというかしびれを感じはじめる ことがありました。これもリハビリしていると言えるのではないかと感じました。

退院後はPTのみのリハビリが長く続いた影響があったせいか、次第に手のマヒが強くなってい たのですが、一昨年あたりから、いったん肘を曲げるとなかなか元に戻すことが困難になってい ました。そしてPTの先生の提案により、去年の5月頃からOTも見ていただくことになりました。 最初にOTのリハビリを始めるにあたり、目をつぶってどのくらい感覚があるかを調べて頂いた のですが、手首や肘などの関節がどこにあるのかがわからないなど、手に関する感覚で自分 にわかることは皆無に等しいことがわかりました。私は普段、表に表情に出さないので、わから なかったと思うのですが、このときは正直なところかなり衝撃を受けていました。 というのもそれまでは、自分の目で見てマヒ側の手をさわると、弱いながらもおおよそ感覚は ありましたし、感覚的には腕全体はなにか厚い布のようなものに覆われいて、遠くの方で感じる 感覚があるのだろうと、私はすっかり信じきっていたのです。ところが認知神経リハビリテーションの目をつぶ って正しい感覚を探る手法を使うと、言葉で表現できない感覚を実感するというか、中には まったく感覚すらない箇所もあることを実感させられました。そのときの感触はまさにカオスの 世界に導かれたような、明らかに自分の体に生じている感覚であることはわかるけれど、右マヒ の腕自身だけがわかっている感覚だという状態になっていました。どちらかといえば、お腹が 痛いなどといった内臓で何かが起こっているのを感じている状態に似ていると感じました。 認知神経リハビリテーションでは、たとえば目をつぶり上腕の上下左右いずれかを触ったか教えてください、と いうことを行いますけれども、触っている箇所が全然わからない場合、最初は多くの間違った 情報が入り乱れたような感じがします。何度か答えて結局わからないときには、最終的には 正解箇所を教えてくださるのですがそんなときは、「言われてみればそんな気もする・・」となる のですが、私の脳はちゃんと訓練に参加しているのかと不安になりました。というのも、何かが 触れているときに「どういう感じがするか?」という質問にも、具体的な感覚がないうえに、失語 症の影響もあり乏しいボキャブラリの中から言葉をひねり出してきている状態だったからです。

リハビリを続けるうちに、最近では私の「感覚」と自分なりに生み出した表現で仮定した感覚の 世界、映像によって、これが正しそうだと思い、恐る恐る「左?」と言うと「正解!」となったり、 当然不正解にもなったりするのですが徐々に正解率も上がりつつあるような気はしています。 正解に辿りつくための間違いの多い選択肢は減ってきている気がしているのか、単に直感が利 き始めたのか正直原因はわかりません。しかし先生がおっしゃってくれていたのですが、私自信 も表現する言葉が増えてきた感じはしています。この運動療法をはじめたころにマヒ側を触れら れた感覚は、内臓の痛みと似ていると感じ、とにかくなんだか得体の知れないような感覚と思わ れていましたが、今は個人個人自分が納得できなければ意味をなさない、千差万別な表現が あり得る感覚というものがあるのかな、と思っています。

リハビリをはじめて2、3ヶ月経ってから、効果がではめました。 今までに行ってきたリハビリと違うと感じている点は、現段階において言えることとしてですが、 かなり効果が出やすいことと、また急激な変化がある日突然起こることがあることです。 手に関しては、一番の変化は腕全体の感覚がわかったことなのですが、とくに手首から先の 存在が突然わかったことは驚きました。

それまでにも徐々に関節の位置がわかりはじめていたのですが、ある日急に指の存在が、 真夜中に突然出現しました。それまで自分でマヒ側の右手の存在を確認できるのは、普段 右半身以外の私の体の感覚だけでしたが、そのときは何かいままでとは別の部分で、その 感触を感じているような気がしたのです。何だろうと右腕を掛け布団から出してみると、まさしく 私の右腕に通じる右手の感触だったのです。同時に、実際に動いていないのですが、血液が 流れているような5本の指が出ている感覚がありました。ちょうど脈を打つような感覚です。

また足に関しては、それまで杖なしで長く歩くことはまず無理でした。ところがある日外で夕食を 済ませた帰り道、急にマヒ側の足が軽くなっていて、夫にちょっと杖を持ってもらうと、杖なしで いくらでも歩けるような状態に変化していました。その時は自宅まで500m程度の距離しかあり ませんでしたが、久々に両足で歩く感覚でしたので、もっと歩けるところまで歩いてみたいと感じ たことを今もはっきり覚えています。食事の後でこのとき特に感じた点は、明らかに食後には 左右のバランスが取れていたことです。実感としては、それまではマヒ側の足には常に重い鉛を ひきずっているような感じがありましたが、その鉛がはずれて、かわりに何重にも巻かれた包帯 で動きにくくされたような足に変化したように感じました。

先に申しましたが、私が認知神経リハビリテーションのリハビリを始めたのは、倒れて約5ヶ月以上です。 それまではリハビリの本では脳梗塞などで倒れた後、マヒが残った場合、2,3月以内であれば 急激に回復し、その後の回復は困難だと読んでいました。でもこの認知神経リハビリテーションを体験して、 最近は2年半以上経ってからでも遅くはないことを感じています。

最後になりますが、認知神経リハビリテーションをはじめて私の手足以外でほかにも起こった変化は「失語症 の改善」と「マヒ側の体に親近感が湧き始めたこと」ではないかと思っています。

「失語症の改善」については、これは手の認知神経リハビリテーションを始めるにあって、中里先生から、毎回 でなくてもよいからリハビリで行った内容や自分は実際こんなことも感じていたという内容も レポートに書くよう指示を受け、これをはじめたことがきっかけではないかと思っています。 レポートを書くには、リハビリで訓練したときの自分の感覚を可能な限り忠実な言葉で表現した いのですが、最初は非常に曖昧な表現ばかりなものでした。しかし毎回はっきりしない内容の レポートはちょっと恥ずかしくもなり、「もっと的確な言葉ですっきり表現したい」と思う ようになります。そのことが少しずつ「自分が実際に感じている感覚」に対して「それにマッチ ングしていると思われる言葉」を何度も適合させるというか、またその機会を増やすことで、 自分が表現したい適切な言葉を見つけやすくしたような気がしています。

失語症については、倒れた後しばらくは発音できない言葉があったり間違った言葉を話すがあり ましたが、徐々に自然に治っていました。しかし言いたいことがあっても、なかなか頭の中で 文章化されにくいことが、私は長いこと改善されませんでした。例えば区役所などへ電話でなに か質問するときにも、箇条書きのメモを見ただけでははなすことができず、常に話し言葉で質問 内容をパソコンに打ち込んでそれを見ながらでなければ電話できない状態でしたが、今はメモな どを見ずに普通に電話での会話ができ、大変感謝しております。

「マヒ側に親近感が湧き始めた」とは表現があまり適切ではないような気もするのですが、例え ば足に関してですが、この運動療法を始める前は手と胴体と足がバラバラに感じていたもの が、感覚的に結合したように感じているということです。私は普段歩くときに、マヒ側は足の 付け根だけを使っていました。またその付け根の動かし方も自分がイメージするタイミングよりも 遅いか、あるいは自分の意志の通りに動かないときもありました。しかし気づかないうちに、 次第に自分の意志が少しずつ通じ始め、また常に足が攣るような感じがしています。この攣り さえ取り除くことができたら普通に歩けるのではないかというような「錯覚」を感じています。 今まではマヒ側の体は、赤の他人の体とまでは行かなくても、「ただつっくいているだけの体」 から妙に親近感がわく体になり、私にとっては飛躍的な変化だと感じています。 最後に今までご指導頂いております、PTの鈴木先生、OTの中里先生に深く感謝いたします。 ありがとうございました。